「人は鏡」「子は親の鏡」「人の振り見て我が振り直せ」

私たちの「目」は、外界を見るように作られている。
だから、ついつい自分のことを棚上げして、他人を批判してしまうのかもしれない。


しかし、「人は鏡」と言われるように、自分のことがよく見えない私たちのために、他人が鏡となって己の姿を見せてくれることに、私たちは気づくべきだろう。




とある家で。
子供が部屋を散らかしている、と言っては子供を叱る母親がいる。
年がら年中、「部屋が汚い。キレイにしなさい」と口うるさく言う。

でも、その家の中はお世辞にも片付いているという雰囲気ではなく、「ここのお母さん、わりとだらしないんだな」と言った印象を受けた。


子供は生まれて最初に置かれる環境は、自分の家だ。
そこはすでに、親が作った環境であり、子供にとってはそこが、得る情報の全てになる。


その場所が、モノで溢れかえり、散らかっていていたら?


その子供がもともと持っているものが「きれい好き」であり、その親たちを「反面教師」として扱うなら話は別だろうけど。
モノで溢れかえり散らかっている家の中で違和感なく過ごしていたとしたなら、やがて与えられる自分の部屋も共有スペースと同じように散らかしてしまうことは当然ではないかと思うのだ。



とある家では、「長男が女性と遊んでばかりいる」と言っては、嘆く母親がいる。
しかし、その母親もまた、趣味の集まりだと言ってはあちこち出歩き、その会に所属している男性たちと食事やドライブを楽しんでいるのだ。




親子の関係に限らず、とかく他人を批判する人は、自分を振り返って見ることをしない傾向ではないか?
自分に甘く他人に厳しいのは結構だが、第三者から見れば滑稽に映る姿もあることに気づいてもよさそうなもの。



他人を批判したくなったら、「そういう自分はどうなんだろう?」と自問してみてはどうか?

もちろん、「人は鏡」なのだから、自分が気づいていない自分のいいところも見せてくれていることも事実で。




他人を批判して攻撃することは、結局、自分自身を批判して攻撃しているに過ぎない。
そんな不毛なことはやめて、「人の振り見て我が振り直せ」と言う諺に則って自分自身を直していけば、それが正解ではないのだろうか?



他人を見て他人を批判している間は、己の成長はない。
私の経験上、それだけは言える。

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