「人を頼れない人のところへ、人が相談に来ますか?」 人を頼れない私が人を頼った結果は

だいぶ前だけど、集客がうまくできなくて悩んで、都内にコンサルティングを受けに行ったことがある。

その時に、その男性コンサルタントに言われたのは、「人を頼れない人のところへ、人が相談に来ますか?」だった。

 

その時の私は、その言葉に納得したのだと思う。

しかし、あれから時が過ぎ、つい最近もその言葉について考えてみて、ちょっとした違和感があったのだ。

 

本来、口数が多いと言うか、黙っていられない私が、自分の状態を人に言わないということはないのではないか?

「人に頼らない」と指摘されたけれど、けっこう頼っていると思う。

 

ではなぜ、あの時、あんなことを言われたのか?

それがここ最近、ちょっと分かった気がしたのだ。

 

数日前、私は考えていた。

この先、仕事をどうしようか?

今までのように、メンタルケアの仕事と派遣のCADオペと二足のわらじを履くのか?

それとも、目標としていた「ライフワークとライスワークの統合」を目指して行動するのか?

 

今の私には、「悩み」として相談できる人がいない、誰に相談していいか分からないといった状態であることを確認した。

そこで私は、「だったら、カテゴリ分けして、その道のエキスパートたちに1人ずつ相談すればいいのでは?」と考えたのだ。

 

今までは、「親友に相談する」のが私流だった。

しかし、今の私には友達はいないし、いたとしても、すべてのことを1人の人に相談するって無理がある、ということに気づいたのだ。

 

私は、どこへ何を相談に行くか、予定を立てた。

自分が悩んでいること、迷っていること、知りたいこと、を、ピックアップした。

 

まずは、銀行に電話して問い合わせした後、店舗で相談。

その足で、次は商工会。

今日は不動産屋。

母親の一周忌法要で使う予定の食事処に妹とランチしながら下見に行って予約を完了。

また、市内の工務店にネットで相談予約した。

さらには、伯母に料理のリクエストも。

 

銀行も商工会も、食事をしたお店の人も、本当に親切に対応してくれて、私は、今まで味わったことのない達成感や人の温かさを感じたのだった。

叔母は、つい先日も、美味しいカボチャの煮物を作ってくれたし、今回は具だくさんのポテトサラダを作ってくれて。

 

そうして私は、気づいたのだ…

自分が今まで「人を頼ることができなかった」ことに。

 

そうだ。

いつだって私は、自分で考えて、自分で調べて、自分で決めて、自分で動いてきた。

友達には、愚痴はこぼすけど相談はしない。

 

でも今回は違う。

行った先で話をした人に、その専門家を紹介してもらえるように頼んだ。

結果的に、自分にできないこと、できるけど時間と手間がかかること、そして、自分だけでは足りない知識、情報を、頼った人が与えてくれた。

 

こうしてようやく「人を頼れなかった自分」のことが分かった上に、「人を頼る」ということがどういうことか、も、分かった気がして。

「人に相談する」「人に教えてもらう」ことは、決して「依存」ではないのだと、理解ができた。

 

私は、「人を頼る」ことが「依存」だと思っていたらしい。

それに気づかせてもらえたことで、視界がクリアになったような感覚があった。

 

人に相談したからと、自分の問題が解決するとは限らない。

けど、人に相談という形で声を掛けたことで、「その先」へ繋がっていくことが分かった。

 

私の行っているメンタルケアワークも、抱えている問題の解決そのものではなくても、「その先」へと繋がる「架け橋」「きっかけ」となってくれたら嬉しいと思う。

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