「他人軸」から「自分軸」への替え方 「人にどう思われるか?」を手放す方法は

毒親育ちやアダルトチルドレンの中には、愛着障害を抱える人がいる。
愛着障害とは、幼児期までの子供が、自分を育ててくれる人(主に母親)との間で愛着がうまく形成されず、情緒や対人関係に問題を抱えてしまうこと。


愛着とは、「愛着が湧く」などで使われるように、「愛情」と似たようなものだ。
心理学でいう「愛着」は、心の結びつき、情緒的な結びつき、などと言われる。


そして愛着障害の中にも、「不安型」「回避型」「恐れ・回避型」など、いくつかのパターンがある。

もしかして自分も愛着障害かも?と思われる人は、こちらでチェックしてみてもいいと思う。
※公式なものではないらしいので、あくまでも参考程度で




私は、「不安型」が最も強く、続いて「回避型」も存在する、立派な愛着障害だ。
HSPで愛着障害で…、となると、なんだか自分がかわいそうに思えてくるくらい。
「よく生きてきたな~」なーんて、しみじみ思ったりする(笑)


愛着障害の中の「不安型」の人たちの傾向として、「他人軸」がある。
もちろん、私もそうだ。



先日、私自身の愛着障害が悪化していることに気づいた私は、焦った。
自分の中の対人恐怖が強くなり、人間関係構築に対して、不安を通り越して恐怖に支配されていたのだ。

その時、自分が「他人軸」で生きていると、思い切り痛感させられた。
そして、愛着障害を克服するために「他人軸」から「自分軸」に替えようと決めたのだった。



「他人軸」の生き方、考え方というのは、常に「他人が軸」である。
まず、それがどういう状態、どういうことなのかを、ちゃんと理解する必要があった。


それは「他人にどう思われるか?を気にする」ことが、最も例えやすい。
他人からの評価を気にする時は、視線、意識の方向が、「他人から自分」である。
これが、「他人軸」の基本というか。

これを「自分軸」にすると、視線、意識の方向が「自分から他人」になり、「自分は他人をどう思うか?」になる。



どうだろうか?
「自分は他人をどう思うか?」など、考えたことがあるか?

いつも「他人は自分をどう思うか?」ばかりじゃなかったか?

「他人にどう思われるか?」ではなく、「自分はどう思うか?」。

これが「自分軸」なのだ。



例えば職場に苦手な上司がいて、いつもその上司のことを気にして、嫌われないように怒らせないようにビクビクしながら気を使って…

ではなくて、自分がその上司をどう思うか?と考えればいい。

意識の方向、視線の方向は、常に自分から他人へ向けられる。
「あ~、あの上司、嫌いだな」となれば、そんな奴に好かれたいなどとは思わなくなるだろう。

そのあと必要なのは、「自分はどうしたいのか?」だけ。



私も、とある友達に対して「嫌われたくない」という気持ちが強くあり、こちらから媚びるような言葉をかけることが多かった。
不安型愛着障害の人は相手に無視されたり攻撃されるのを恐れるため、媚びたりご機嫌取りしたりする癖がある。

しかし、「私はあの人と友達でいたいのかな?ずっと付き合っていきたいのかな?」と、「自分軸」で自問した結果、今の自分にとってそこまで重要な人ではないという結論に至ったのだ。



愛着障害でなくても、「他人軸」で苦しむ人は、「相手に好かれるか、嫌われるか」ではなく「自分が相手を好きか、嫌いか」で考えるようにすればいい。

「他人軸」から「自分軸」に意識をシフトすることができた瞬間、私はちょっとした「目から鱗が落ちる」のを感じた。
大げさではない。
ハッとする気づきと、納得を得たのだった。
あぁ、こういうことか、と。


「自分軸」で生きている人たちは、いつでもどこでも「自分はどう思っているか、自分はどうしたいか?」で動いているのだ。
なのに私は…
と、情けないような、損した気持ちにさえなった。




愛着障害は克服できる。
こうやって一つ一つ、理解し、意識を書き換え、行動や習慣を変えていけばいい。

それに、「他人軸」で生きてきたからこそ、分かる他人の気持ち、共感できることがある。
それらを強みにしていくことも、愛着障害で辛い人生を生きてきた自分へのご褒美ではないかと思っている。

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