「Instagram投稿に来たコメントに返信したのに」A子さんのストレスは

先日、友人2人(A子さん・B子さん)と外食ランチした時のこと。
A子さんが、自分のInstagramについて話をし始めた。

A子さんの投稿に、まったく知らない外国人女性から英語でコメントが来たのだと言う。
そこでA子さんはそのコメントに対して英語で返信をしたらしいのだが、相手からその返信に絡んでくることはなかったらしい。

その件が納得できなかったのだろう。
A子さんはちょっと怒っていて、「自分からコメントしてきたくせに、こっちが返事したら何も言ってこないって、どういう人なの!?」って。

英語が堪能なA子さんには外国人のフォロワーもいて、その中の数名とメッセージのやり取りもしている。
ところが、A子さんが言うには、その中の1人からブロックされてしまったとのこと。
そのことについても「納得できない」と、A子さんは苛立っていた。

A子さんは、一言で言って「真面目な人」だ。
SNSでコメントをもらえば、ちゃんとコメント返信することを当たり前としている人よ。
「忘れた」「スルーした」なんて、A子さんに限って絶対にない。

そんな真面目な人だから、もらったコメントに返信したのに放置されている、メッセージをブロックされた、という事実が納得できなくても仕方がないと思った。

A子さんのこの話を聞いていたB子さん(わりとルーズな人)は、「そんなの、無視しちゃえばいいんだよ」と言った。
知り合いならともかく、まったく知らない外国人からコメント来たことに、真面目に返信しなくていいって。

しかしA子さんの言い分はこうだ。
「だって、その人のコメントの最後が『?』で終わっているんだよ!?質問されたってことでしょ!?だから返事をしたんだけど!」

それに、メッセージをやり取りしていた外国人も、「その外国人の方からメッセージを寄こしてきた」のにブロックされたことが理解できないって。

うん、まぁ、A子さんの納得できないって気持ちも分かる。
なので、「私もね、相手の方からLINE交換してほしいって言ってきたのに、ある日ブロックされていたってこと、あるよ」と言ってみた。
するとA子さんは、「でしょ!?訳分かんない!」って。

うーーーん。
私はA子さんに言った。
「そうだね~、相手が何をどう考えてコメント寄こしたか分からないんだから、それについてストレスになるほど考えなくてもいいんじゃないの?もしかしたら、相手からのそのコメントは悪意(嫌味や皮肉)だったかもしれないし。返事をもらおうなんて考えてなかったかもしれないし」と。

その後も話をして分かったが、A子さんはコメントをくれた外国人と「やり取り」をするのだと思っていたようだ。
しかし、相手の外国人がInstagram投稿へコメントするという行為をどういう意図で行ったから分からないのだから、それについてネガティブに考えてストレスにする必要はないと、私は思う。

相手の行動は相手のものである。
こちらがあれこれ想像してみても、それが当たってるとは限らないのだ。

それに私がA子さんに言ったのは、「自分からメッセージを寄こしたのに」という部分も、その「動機による行動」と「最終的な結果となる行動」が必ずしも一致しているとは言えないってことよ。

A子さん式に生きていると「自分から言い出した」ことは「自分からは終われない」ことになってしまう。
「結婚してくれ」とプロポーズした方からは「離婚してくれ」を言えないのか?ということ。

私は思わずA子さんに「A子さんって、頭が固いよね~(笑)」と茶目っ気たっぷりで言うと、「そうなの、私、頭が固いんだよね~」って(笑)

「頭が固い」ということは「頑固」「融通がきかない」ということだ。
自分自身が、真面目で、相手のコメントにはきっちり返信をするといった行動を当たり前にしているから、相手にもそれを求めてしまう。

これがそもそもストレスの原因。
こういう時こそ「防衛機制」を使い、自分が傷つかないように、自分の都合のいい理由をつけてストレスを回避すればいいの。

私はA子さんに「私はさぁ、そういう時には、『スマホが壊れちゃって返信できないのかな?』とか『交通事故にでも遭って入院しちゃったのかな?』とか考えるよ」と言ってみたが。


「ストレス」は、「その物事をどう捉えるか?」といった「認知」が大きく影響する。
なので、自分のモノサシを他人に当てて、他人の言動について「納得できない」と苛立つよりは、自分の中を柔軟に変化させて平和なメンタルでいる方がよくないか?

しょせん、他人の気持ち、他人の言動の意図など、こちらには分からないものよ。
分からないものを分かろうとしてイライラしないで、分からないのだからスルーしておく。

家族とか、話し合いをしてでも理解し合いたい関係性でもないのだし。
そこまで重要ではないことは、適当に扱っておいていいと思うな。