それは承認欲求??Instagramにお弁当の写真を投稿して思ったこと

今朝、妹と甥っ子のお弁当を作った。
妹が家庭と仕事の両立で忙しいのを見て、私も何か協力できないかと考えた結果だ。


幸いにも、妹の家は我が家から車で10分くらいの距離にあるので、作ったお弁当はそのまま届けてきた。
そして妹に、今日のお弁当作りの感想などを話してきたのだけれど。



食べることが好きな私は、プライベートのInstagramで、お弁当やスイーツのお店などをフォローしている。
カラフルでバランスよく盛り付けられたお弁当を見ると素直に感動。

そこで今回は、キレイに盛り付けることを意識して作ってみた。


が、写真を撮っていて、ふと思ったのだ。
「お弁当って、食べることが目的なんだから、見た目のキレイさより味じゃないの?」と。


そう考え始めたら、自分のしていることがバカみたいに思えてきたのだ。

…私、どうして写真なんて撮って?どうしてInstagramに投稿しようとしているの?
なんのためにこんなことをしているのか?

作ったお弁当、写真撮ってInstagramに投稿して… どうしたいのよ?



実は、フォローしているお弁当の中にとても好きな作風(?笑)があり、その人のお弁当は、下にご飯で、上に、お肉(生姜焼きとか)どーん! 切っていない玉子焼きどーん! ほうれん草どーん!みたいな豪快なもの。

フリルレタスやミニトマトなんて無しよ。

3種類のおかずが存在感ありありでご飯の上を占領しているのだけど、そのシンプルさ、素朴さが最高なのだ。
(…と、ここで気づく。そうだ、私、シンプルが好きなんだった・笑)


先日行った、甲府市城東のカレー屋さん LIV SPICE も実にシンプルだったし。
シンプルな美しさって、たまらない♡



で、まぁ、ちょっと見た目を意識したお弁当を作ってInstagramに投稿してみて、やはり、こういう場所に自作のお弁当を投稿するって、私が愛猫の写真をやたら投稿するのと同じなんだな、と気づいたわけで。


それは、自己満足というか、自己主張というか…
でも、「いいね!」してもらえると嬉しいでしょ?

それって「承認欲求」の満足ではないか?と考えた。



人間には「他者に認めてもらいたい」とする「承認欲求」がある。
これは、誰しもが持っているもので、この欲求が満たされることで自分に自信が持てたりするのだ。


だから、Instagramにそれぞれの情報を投稿することは間違いではない。


ただ、そこに無理があるなら、やめたほうがいい。

結局私も、今日のお弁当作りのために、普段は買わないフリルレタスを買った。
97円だったが、見た目のためにたった1枚の葉っぱを入れるだけで終わるのだもの、もったいないよね。
それが無くても、食べることに影響しないのだもの。


そうかと言って、まっ茶色だった母親の手作り弁当も嫌だったが(笑)




基本的欲求(マズローの法則)と言われるものには、他に、「生理的欲求」「安全欲求」「社会的(所属)欲求」、そして「自己実現(成長)欲求」がある。
そして、これらの欲求が満たされていくことで、私たちは幸せを感じることができるのだ。


しかし、「欲求」というものは人によって「満足度」が違うもの。
作ったお弁当を食べるだけで満足する人がいれば、それをSNSに投稿して「いいね!」をたくさんもらうことで満足する人もいる。


「いいね!」欲しさに無理してしまう自分がいないか?など、たまには自分の欲求と向き合ってみるのも悪くない。

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