仕事選びについて。理想か?現実か?その時の現実の中で優先順位を決めればいい

先日、霊視をする占い師に言われた問いこと。
「なぜ、心理カウンセリングか?誰のための心理カウンセリングか?」

これ、だいぶ深い質問で、その後数日間考えていた。



「なぜ、心理カウンセリングか?誰のための心理カウンセリングか?」

この答えが出たのは数日後だけれど、まぁ、私らしい答えが出た気がする。




この占い師がしてくれた話だが、「人間は生まれる前に神様に、生まれてからの生きる目的や計画みたいなのを話す。それで神様からOKが出た人だけが生まれてくる」みたいなことだった。

つまりこれが、自分の「使命」みたいなものだって。
この世に生まれた目的、ってやつだ。

なので、この「生まれくる時に神様にOKしてもらったことを思い出せ」って話になったわけで。
そのために、自分にとっての心理カウンセリングとは何なのか?という問いかけになったのだろう。


この日に占いに出かけたのは、キャリア…仕事のことが知りたかったから。
…先が見えてなかったからだ。

自分が、どの方向に向かって一歩踏み出していいのか…
自分と向き合うことにも限界を感じていた。


が、この話を聞き、自宅してから数日間考えていて、答えは出た。

「なぜ、心理カウンセリングか?」は、人と話すことが好きで、潜在意識の中の問題と問題解決を探求するのが好きだから。
私は基本的に、「謎解き」が好きなのだ。

そして「誰のための心理カウンセリングか?」は、やはり、心が傷つき、暗い闇の中で立ち往生している人である。
光を求めながら、暗闇を彷徨う人だ。


そんな風に答えが出たら、閃いた。

私がサポートしたいのは、ズバリ、「困っている人」よ。
「困っている人」が最優先。

だったら、今一番困ってるのは、私じゃん!?
私は、私を助けるのが最優先じゃないの!?



私が「仕事の方向性が見えなくて困っていた」のは、「好きで、やりたいけれど、お金が稼げない。生活費には満たない」というライフワークと、「あんまり好きではないけど、生活費を満たすだけ稼げる」というライスワークと、その選択で迷っていたからだ。

もう何年もの間、ライスワークとライフワークという二足の草鞋を履いてきた。
だから、もうそろそろ、ライフワークだけで生きていきたかったのだ。

しかし、それは理想、いや、それは夢になりつつあり、焦りばかりが募っていて。

いったい、いつになったら、ライフワークだけで生きていけるのか?
二足の草鞋を履くことに対して精神的に疲れてきた最近、少々強引でもライフワークだけで生きていこうかと思い始めていたのだが…



どこかの組織に属したら、集客面では苦労しないのかもしれない。
給料をもらえれば、生活も安定するのかもしれない。

しかし、そこでは、私らしい心理カウンセリングはできないだろう。
自由に伸び伸びと自分自身を実感できるような、そんなセッションはできないに違いない。

そう考えたら、やはりこのまま、個人事業主として細々とでも活動していくしかないと思った。

なので私はまた今回も、生活費が満足に稼げるライスワークを続けることにしたのだった。





「好きなことを仕事にして生きていきたい」
それは多くの人が考えることではないか。

でも現実は、そう簡単ではないのだ。

確かに、生まれる前に神様と交わした約束=今世の使命、というものはアリだろうとは思う。
けど、「お金」というものが存在している以上、仕事がお金のためという考え方は当然だろうな。


しかし人間には、自己実現欲求というものがあり、仕事がお金のためだけ、とは成り得ない部分もあって。
やりがいや生きがいを感じられない仕事は、かなりキツイものになるはず。

可能であれば、「嫌いではない」くらいの無理の無さがちょうどいいのかもしれないな、とは思う。




ただ、生きるということは変化していくということでもあるから、同じ状態が永遠に続くわけでもない。
例えば、子育てや介護の時間が永遠ではないように、その時その時の現実の流れに応じて優先順位も変化するのだから、私は、今は、今のままでいいと思った。

欲しいものが手に入らない負け惜しみではなく、物事は、今はそれでいいのだと納得して選ぶことが大切な気がする。

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