低レベルはアウトオブ眼中。相手の人間性を見れば傷つかない

私たちが人間関係の中で傷つく時、「現実として起こったこと」に目を向けがちである。

例えば、「職場の上司に叱責された」「職場のお局様に嫌味を言われた」「友達に無視された」「お客さんに文句を言われた(あ、私か。笑)」など。
日々の生活の中で、傷つくまではいかなくても、ちょっと不快に感じたり、ちょっとイラッと来たりすることって、あると思う。

言われたことやされたことに対して、怒ったり悔しがったり、いつまでもクヨクヨするようなことって、ある。


そういう時、それを言ってきた相手、そうしてきた相手を見ているだろうか?

そこで言われたことや、されたことに目が行き、「相手そのもの」を客観的に見られないことがほとんどかもしれない。



HSP(ハイリーセンシティブパーソン)の私は、子供のころから何かにつけて気にするタイプで、成人して働き始めてからは職場の人間関係に苦しんできた。
私たちが若いころは、今のような「パワハラ」「セクハラ」などへの意識などなく、職場でそういうのは当たり前だったのだ。


上司は、部下の人間性まで否定するような暴言を吐き、異性社員からは容姿をバカにされるなどのハラスメントを受けてきた。

その度に、怒りや悲しみ、悔しさなどのネガティブな感覚を味わった。

そして、いつまでも怒りや後悔を抱えていた。



しかし、ある時を境に、私は少し変われたのだ。
その時以降、徐々にではあるが、自分を傷つけてくる相手に対してのネガティブな感情が長続きしないようになった。


それは、当時働いていた職場でのこと。
ハラスメントもどきの発言をしてきた男性上司がいて、いつもの私だったら、そこで激しく怒ってどうにもならなかったと思う。


でも、その時、思ったのだ。
「こんな奴に、分かってもらえなくてもいい」って。



HSP(ハイリーセンシティブパーソン)の私は、とにかく人に理解されないし、誤解されることが多い。
うまく言い分けもできないから、冤罪や悪者扱いされることも多いのだ。


それがどの職場の話だったかは、もう忘れた。
しかし、理不尽なことを言われたことには間違いないだろう。


けれども私は、そこでの相手の言葉ではなく、「相手そのもの」を見たのだと思う。
その上司の人間性、その上司の存在そのものを評価し、それがとりたてて自分が気にするような対象ではない、と判断できたのだ。


つまり、「相手にするような人間ではない」ということ。



ある知人も同じことを言っていた。

職場にいる同僚にイライラさせられていたが、ある時、その同僚は自分とは働くスタンスが違うことを意識した瞬間から、その同僚に対するイライラが消滅したという。


今までは「イライラさせられること」ばかりに目を向けていたけれど、その同僚そのものに目を向けることができたから。




対人関係において傷つく時、言われたことやされたことはちょっと脇に置いて、それをしてきた相手そのものを見てはどうか?

そこで、相手が明らかに自分よりレベルが下であると理解できたら、きっと、ネガティブな感情が消えるはず。



私も先日、怒りや悔しさを味わった出来事があったが、その時、相手に投げつけらた言葉ではなく、相手の人間性を見た。
すると、こういうとホントに酷いかもしれないが、「負け犬の遠吠えだな」と思えて、怒りも悔しさも瞬時に消滅。


「アウトオブ眼中」な~んて言い方するけれど。
自分にとって「眼中にない」という相手は、自分よりレベルが下だと思う相手よ。



怒りや悔しさが湧く時って、相手と同じ土俵にいる時。
切磋琢磨しながらお互いに成長し合うソウルメイトでもないのだもの、同じ土俵に上げてやることないでしょ。


自分が言いたいことと言いべきことが分けられない、相手を平気で傷つけるような人のことを、いちいち気にしてやることないの。

そんな相手に傷つけられなくていいの。

おバカさんは相手にしなくていいんだわ。