最悪。「仕事」イコール「補償行為」。「給料」イコール「ガマン料」

「補償行為」とは、何かを補おうとする、何かを埋め合わせしようとする行為のこと。
心理学では度々使われる言葉だ。

補償行為の特徴は、「やらされてる感」があり、ちっと楽しくないし、仕方なく嫌々やるって感じか。

そして「補償行為」は、私たちを決して幸せにはしてくれないものだと、知っていてほしいと思う。



これは私のことだけれど。
私は嫌いな事務職を辞めた時、「楽しいと思うことしか仕事にしない」と決めて生きてきた。

若いころはそれができた。
しかし今は、それができない。


2009年から心理カウンセラーとして活動し始めたが、その稼ぎは生活費には全く足りていない。
「稼げない仕事」だと分かっていて始めたことだけど、さすがに悲しくなる。

そこで数年前から、心理カウンセラーとして活動は「ライフワーク」と称し、食べていくための仕事=「ライスワーク」は、派遣のCADオペだった。


私の住んでいる地域は都会とは違い、そもそもの産業数が少なくて製造業が多いため、リーマンショック以降の就職は厳しくなる一方で。
年は取るわ、求人数は少ないわで、思うように収入が得られない厳しい現実にさらされている。



一昨年の11月初旬に母親が他界し、その翌週、派遣先から「契約更新不可」宣告を受けた。
「雇い止め」にあったというわけだ。
まぁ私も、母親の葬儀の後片付けや相続手続きなどがあったので、しばらく休業するのは都合がいいかな?と考えた。
その時は、だ。


が、いよいよ次の仕事を、と就活を始めたが、次の仕事が全く見つからない。
その時に提出した履歴書は数十枚になる。


ようやく働く先が見つかったのは、4月下旬。
しかも、3か月間だけのパートタイマー。
仕事は事務で。


今思い出しても、嫌だったなぁ。
自宅から近かったことと、面倒を見てくれた正規職員の女性が優しかったのが、せめてもの救いだったけど。



「できない」から「やりたくない」のだ。
「やりたくない」から「できない」のだ。
私にとって事務仕事とはそういうもの。


民間企業で働いてきた私には、県の出先機関という職場も合わなかった。
技術職の男性社員とばかり関わってきたからか、地方公務員という人たちとも合わなかったし。


しかし、辞めれば収入が絶たれてしまう。
せめて失業給付金がもらえる資格が発生するまでは辞められない。


毎日毎日、自分を騙しながら通勤した。
出勤と同時に、早く退勤時間が来ることだけを考えて、1日椅子に座っていた。


その職場で得たものは、少しばかりの賃金と、「死ぬほど嫌だった」という思い出だけよ。
何かのスキルを得たとか、誰かとその後も付き合えるほど仲良くなったとか、そういうのは全く無い。
あるはずないか。
ただただ3か月間が早く過ぎるよう、それしか考えてなかったのだから。




金のためだけに生きているのはないが、金がないと生きていけないことも事実なのだ。
嫌々会社に通っている人がいるのは、これが分かっているからだろう。

「金のため」

これはとても悲しい現実である。



これが私の、ここ最近ではもっとも大きな「補償行為」の話。

私は今、今後の仕事をどうしようか?と考えている。
いや、前からずっと考え続けてきた。
模索し続けてきた。


未婚の私は、自分で自分を食べさせていかなきゃならない。
自分で働く他は、手に入るお金はない。

しかし。
この去年の時のような状況だけは嫌なのだ。

「給料」イコール「ガマン料」なんて、絶対に嫌。
給料は「楽しい」でもらいたい。
給料は「勉強になる」でもらいたい。


私は「自分を幸せにしてくれる仕事」をしたいのだ。
それは、精神的にも経済的にも、よ。

そのために今、必死で自分と向き合って、自分の方向性を定めている最中なのである。