自分で決められない「他人軸」の弱虫だった私が、喪主をして得たものは

来週、父親の命日が来るからか、ふと、葬式のことやその後の法事のことを思い出した。
思えば、あの辺くらいからか、私が「自分軸」を貫き始めたのは…

そうだ。
きっかけは、父親の葬式の時だったんだな。



2018年の8月に父親が亡くなり、独身で同居の長女である私が喪主となった。
母親はすでにその時、認知症で施設に入っていて、自分の夫が亡くなったことさえ分からない状態だった。

父親は夜中に亡くなり、そのまま葬儀屋との打ち合わせになった。
なので身内全員には連絡が取れず、私と妹、叔父夫婦といったメンバーだったが。

そこでまず、家族葬にするのか一般葬儀にするのか、もめた。
が、肝心の喪主の私は、父親が亡くなったことの悲しみとショックで話し合いに参加などできず、それでなくても色々と自分で決められない性格のため、妹に任せっきりにしてしまった感は否めない。


一般葬儀にすることに決まり、翌日(というか帰宅してちょっと寝て)の朝、また葬儀会場へ集まったのだけど、そこで私は父親の元職場の部下の1人に電話で報告をした。
その人は私が子供のころから親しくしてもらっている人で、組織の長でもあったため、私はとても尊敬していたのだ。

するとその人は、すぐに葬儀会場まで駆けつけてくれて、そのまま葬儀の打ち合わせに参加してくれたのだけど。

葬儀の規模をどうするか?引き物はどうするか?などの話をしている時、その人に言われたのだ。
「浩子ちゃん。見栄を張らなくていいんだよ。みんな、お返しを欲しくて香典持ってくるんじゃないんだから。無理をしなくていいんだよ」


この一言で私は救われた。
だって、喪主なんて初めてのことだし、どうしていいのか全く分からず、父親が亡くなったことで悲しんでもいられず、ほぼパニックだったから。
みんな、それぞれの価値観でわーわー言ってきて、誰も私のことなんて考えてくれていない。
お金がどこでいくらかかるのか?私にとってはそっちの方が心配だったし。

葬儀屋の営業マンが信頼できる人だったことも幸いした。
「身の丈にあった葬式」ができるよう、協力してくれたのだ。



ところがやはり、問題は起きた。
しかも、通夜の数時間前に。

父方の身内の1人が、引き物について意見をしてきたのだ。
香典に応じてもっと高額の引き物を別に用意しろと言ってきた。

(は?そんなの無理だよ。もう通夜が始まっちゃうじゃん。それに、引き物決めた時、一緒に居たよね?じゃ、どうしてその時に言わないの?)

が、相手も相手で、自分を正当化する言葉を乱暴に吐くから、私は本当に困ってしまった。
これから引き物を追加で用意するなんてできないと言ったら、「後で届ければいい」とまで言うから、埒が明かなくなった。


私は追い詰められていた。
通夜の時間が迫り、引き物をどうするのか?喪主として決定を下さないとならない。

…私はいつもそうだ。
自分で決めることが苦手なんだ。
この時ほど、その自分を突きつけられて辛かったことはないように思う。


私はいつも、「人にどう思われるか?」ばかりを気にして生きてきた。
人に嫌われないよう、人に攻撃されないよう、人の期待に応えることばかり考えていたのだ。


しかし、私は喪主なのだ。
すべての決定権が私にある以上、もう、逃げられない。
いつも矢面に立ってくれていた親たちはいないのだ。
ここでの責任者は私なんだ。

だから、そこで結論を出した。
「引き物の追加はしないので、香典の金額に関係なく、用意した引き物を渡してください」と。


その決定が気に入らなかったのは明白だったようで、引き物を追加するよう意見してきた父方の身内はその後、葬儀の最中ずっと感じ悪かった。
葬儀屋を怒鳴ったり、私の決定に批判的なことを言って歩いたりと、亡くなった身内を供養することなど全く関係なさそうに見えた。

結果的に、父親の葬式では少々赤字になり、それは当然私が負担することになって。
あの時に引き物を追加しなくて良かったと思ったことは間違いない。



後で聞いた話だけれど、「女性が喪主」となると、身内の男性たちは何かと意見してくるケースが多いのだとか。
それは私には「アドバイス」という形の「支配欲」のように思えた。

そういう人たちは、口は出してくるけど、金は出さない。
結果的に赤字を負担したのは喪主の私だ。
葬儀の後、葬儀にかかった金のことを心配して声をかけてくれた人など、身内の中にはいなかった。



この時からか。
人間の欲深さと無責任さを目の当たりにしたことで、他人に媚びることをやめたのは。

「媚びる」とまではいかなくても、気を使ったり遠慮したりして自己犠牲を払っていたことは確かだし。

そうしたところで、相手が自分と同じだけ気遣いしてくれているとは限らないってこと。
だから、相手を見ながら行動することにしたのだ。



この時、ある種の「強さ」を、私は得たと感じている。
それまでは、「人にどう思われるか?」を基準にした「他人軸」でしか生きられず、私は「自分の軸」を持たない弱虫だったと思う。

が、その後の父親の法事も、母親の葬儀も、すべて「自分軸」で決め、行動してきた。
相変わらず他人はそれぞれの価値観で意見をしてくることに変わりはないが、それが自分にとって必要かどうか?、自分にとって正しいかどうか?と、判断して決められるようになった。

それは、「私が決めなければならない」といった父親の葬儀での喪主体験が変えた、私の生き方である。




「自分軸で生きる」ということは、他人を押しのけて自分勝手にワガママに生きることではない。
「自分さえ良ければいい」という考えが基準になっているのではない。

「自分軸で生きる」とは、自分の言動に腹をくくり、自分で自分に責任を負っていくということではないだろうか?
「自立」は「自分で決める」ところから始まるのだし。



父親の葬儀の時、引き物のことで結論を出して以降、たくさんの人が協力してくれた。
その後の法事、母親の葬儀でも、多くの賛同や協力を得られた。
だから、「自分の軸」を貫いても、決して独りぼっちにはならない。
味方してくれる人は必ずいる。

「他人軸」で生きることを手放したらこういうものが手に入るのだと、改めて知った私だった。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。