自分を幸せにしてくれるものは何か?

改めて思った。
自分を幸せにしてくれるもののために生きるべきだと。


先日ある人に、職場でデリカシーを欠いた発言をしては私を傷つける人への不満を言った。
「だから辞めたい」のだと話すと、その人は「そんな人のために辞めるなんてもったいない」って。

この人はこういう人なのだとは分かっていて話した私もバカだったが、「もったいない」って何がどんな風にもったいないのか、理解できなかった。

「そんな人のために収入源を断たれるのはもったいない」ってことらしい。
仕事を辞めればまた無収入になるということを言っているのだろう。

しかし、私は訊きたくなった。
じゃあ、その価値観で生きてきたあなたは、幸せなのか?と。

彼女には、夫と2人の息子と、その元家族がいる。
息子2人は離婚し、それぞれの家族は全くバラバラに生活している。
今は、認知症になった夫の介護と、離婚して独り身になった息子の生活をサポートしている彼女だが、若い時からずっと働き続け、一人でも生活できるほどの年金をもらっているが。

度々、夫と息子の愚痴を言い、自由に外出できないことを嘆く。
いまだ孫に仕送りもしているらしく、経済的には何も困ってないようだけど。


我が家の母親も、彼女とよく似ていた。
高校卒業して市役所に入り、結婚後も共稼ぎし、定年退職した後も市の関係機関で働いた。
病気で早期退職した我が家の父親を引き合いに出しては、「お父さんより私の方が年金が多い」と自慢していたことを覚えている。

でも、結局、70歳で認知症になり、つい昨年、80歳で他界した。
最後の3年間、精神病院を経て施設に入り、施設で息を引き取った。

社交家で友達も多く、気の合う仲間たちと旅行に行くことが趣味な人で、孫のことは本当に可愛がっていた。
けれど、最後にはその孫たちの顔さえ忘れ、共稼ぎまでして守った自宅ではなく、施設で最後を迎え…
大嫌いだった長女の私に何もかも任せる結果となり、どれだけ無念だったか、と思うのだ。


生きるためには金が必要だ。
我が家の母親は、金金金金言っては、働き、ケチケチしてきた。

確かに、金があれば便利な生活ができる。
しかし、金で買える幸せもあれば、金で買えない幸せもあるのだ。

健康は金では買えない。
人より年金をもらっても、認知症になって孫の顔も忘れてしまうなんて…

我が家の父親も同じだ。
病気になり、苦しい老後を過ごして…
…愛する孫との時間は金では買えなかった。





昨日から私は、HSPという個性を持った自分と向き合っている。
そして、それは受け入れるしかない現実なのだということが、よく分かった。


人には普通にできることが、私にはできない。
でもそれは、私の幸せが、人の幸せとは違うからなのだ。
だから私は、自分の幸せとは何なのか?考えてみた。

私の幸せとは、仕事から得られる喜びであり、家族と暮らすこと。

なのに。
仕事から得られる喜びがない今、「もったいない」という理由で今の職場にしがみついている必要があるのか?

今は、1匹の猫が私の家族である。
彼女は腎不全ステージ4の老猫だけれど、案外元気に暮らしている。

職場において、その猫との生活が脅かされるほどストレスを喰らうのは、本意ではない。
金は、家を売っても作れるものだし。


今夜、コミットメントする。
私は、私を幸せにしてくれる仕事と、家族のために生きると。

金では買えない幸せもまた、幸せなのだから。

金がないことは苦しいが、金があるだけが幸せではない。
私は、今の職場を辞め、自分の幸せを得るための別の道を探すことにする。



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