自分を責めないためのコツ。世の中のおバカさん達に対抗するには図々しさも必要

私事だけど先日、対人関係において、かなり心が傷ついた出来事があった。

その時、「どうして私はいつもこんな風に、心に土足で踏み込まれるのだろう?どうしていつも、バカにされるのだろう?」と考えていることに気づいた。


その時、思ったのだ。
私は「土足で踏み込まれる。バカにされる」といった、受け身の言い方が多いと。



そこで、前回の投稿を思い出し、「自分から自分を見る」を「自分から他人を見る」ことに変えてみた。
すると、「あの人はどうして、私の心に土足で踏み込むのだろう?どうして私をバカにするのだろう?」となり、そこでもハッとしたのだ。


そうか。
私が自分を責めてばかりいるのは、自分で自分を見るからなんだ。
じゃあ、自分を見るのをやめればいいんだ。


簡単に言うと、自分を棚上げすればいいってこと。

周囲にいる「傷つかない人たち」を見ると、その傾向として、自分を棚上げして他人に責任転嫁したり他人を批判したりしている。


我が家の母親がそうだった。
常に悪いのは「自分以外」であり、絶対に自分を非を認めなかった。



私はこの母親と共に生きてきたせいで、「悪いのは全部私」と、母親の分まで「悪者」「犯人役」を引き受けてきた。
だから、他人が悪い、他人が正しくないなどという理屈が、私の頭の中にはなかったのだ。


しかし先日の時は、「言われっぱなしの自分」にどうみても非があるとは思えず…
「あの人はどうして、私の心に土足で踏み込むのだろう?どうして私をバカにするのだろう?」という問いの方が自然だったように思う。




ある仲良しの友達は、「過去には戻れないから、反省はするけど、そのことには執着しない」と言う。
それに、傷つきたくないから自分を責めない、と。


けど私は「二度と同じ失敗をしたくない」気持ちが強く、自分が傷ついたり失敗したことについては、徹底的に検証して原因追及する。
だから、二度と同じ失敗をしないための解決策が見つかるまで引きずって、執着するのだ。


が、その過程において「自分を責める」必要などないことも、本当は分かっている。


理想は、自分の分だけ反省すればいいだけのこと。

基本的に、自分に責任のない部分や、自分ではどうすることもできない部分は、反省したり自分を責めたりしても無意味だろうに。




対人関係の問題(相手があることの問題)は、「お互い様」という奴だと、今更になって思う。
どちらかが全部悪いということは、あんまり無いのだ。


なので私の先日の出来事は、相手に心の中に土足で踏み込まれた私も悪いし、私の心の中に土足で踏み込んだ相手も悪いということ。
けれども、こんな風にオトナぶった物分りの良い子の思考などせず、一方的に相手のせいにして批判してもいいんじゃないか?とも思うわけで。



みんな、物事の善悪よりも、自分の身を守ることを優先するだろうから。
ブラック思考の自分を許していくことが必要だと思うのだ。


世の中には、自分のことなど全く振り返ることなく、悪いのは全て相手なのだと信じて疑わない輩がごまんといる。
そして、図々しくも相手を裁き、否定批判し、ああ言えばこう言うと屁理屈で相手を追い詰めていく人も、決して珍しいわけではない。


そんな、おバカさん達がたくさんいる世間で生きていくためには、こちらもそれなりに図々しくならなきゃ。
ほんと、先日のことは、自分を善悪で裁いて責めている場合じゃないって思ってしまう出来事だった。

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