親が認めない仕事は仕事ではない?私の「仕事のブロック」は

セルフセラピーカードの講座をしていると、私自身もたくさんのことに気づかされ、学べる。
だからカード講座は私のお気に入り。

今回も、とある受講者さんとの講座で、とても大きな、そして驚くような気づきを得たので、その話を書こうと思う。



それは、私が無自覚に抱えていた「お金のブロック」「仕事のブロック」のことだ。



我が家の親達が常に言っていたのは「働かざる者食うべからず」だった。
労働をしない者は食事をするな、してはいけない、と、常々言われて育ってきた私には、子供でも容赦なく食事を抜かれることが度々あった。

おそらく、そういった親たちの指導のせいであろう、私は、「働いていない自分」に罪悪感を覚えるようになっていったのだ。



ここ数年…、コロナ過で思うように派遣の仕事が見つからなくなり、休業している自分に恐怖する。
焦り、不安。
ザワザワと足元から不快な何かが登ってくるような不快感を、常に感じていた。

そんな自分と向き合うように意識し始めたことで私は、自分の中に、この「働かざる者食うべからず」の親達の言葉が「呪い」のように存在していることに気づく。

あぁ。
呪縛なのだ。
親たちの言葉が呪いとなり、私を縛っている。


そもそもの私はお金に無頓着…というかだらしない性質で、計画的に使うことも貯めることも無縁だ。
あればあるだけ使うし、無くてもさほど気にしないので、そういう私を親たちは嫌い、そういう性質を変えるよう指導をしてきたのかもしれない。

なまじ素直で従順な性格の私にとって、親たちの言葉は「絶対」だったのだと思う。

親たちの価値観を押し付けられていたことに気づかず、それらが全て「正しいこと」だと思い込んで生きてきた。


「働かざる者食うべからず」
だから、無職になった私は、自分を許せないわけだ。


それと同時に、親たちには、「仕事=お勤め・事務職」といった意識があった。

事務職で、どこかの組織に正社員(正職員)として属し、組織に貢献して給料をもらって生きることこそが「仕事」だと、幼い頃から言われてきた。


なので、「それ以外」の仕事をしようとする私を、批判し、酷く叱責する。

自分たちが認めた仕事しか、娘たちにさせようとはしない。





…なんて窮屈だったんだろう…
今、これを書きながら(キーボードを打ちながら)、口から出た言葉だ。



私はここ数年、自分が好きでたまらないメンタルケアの仕事を「ライフワーク」と呼び、派遣の仕事を「ライスワーク」としてきた。
そして、いつかはこの2つの仕事を統合したい、と考えてきた。

いつかは、メンタルケアの仕事だけで食べていきたい。

しかし、そのポジションは常に「副業ポジ」で、それが「本業ポジ」になることはなかった…



が…
とある受講者さんとのカード講座の中で、「私はメンタルケアの仕事を仕事として認めていない」ことに気づかされたのだ。

…ショックだった。

でも、すぐに、これが親たちの影響なのだと分かった。


親たちは、私が心理カウンセラーとして活動することを、「単なる趣味」だとしか考えてなかったから。

そうじゃない!と反論していたはずなのに、その自分自身の中にも親たちと同じ意識が存在したことは…、ショックだったよね。


「副業ポジ」どころか「趣味の延長」だとしか捉えてなかったのだもの、「メンタルケアの仕事で食べていく」なんてできるはずない。




この気づきを得て、私は、メンタルケアの仕事が「趣味」ではなく、ちゃんと「仕事」として収入を得ていることを自覚するよう努力をし始めた。




世の中には様々な職業があり、「そんなものは仕事とは言えない」と、我が家の親たちのような偏見で見る人もいるだろう。

コロナ過のよって仕事のスタイルも大きく変わり、「個人事業主」という存在も増えているだろうし、「副業」も立派な仕事であり、収入源だという意識も増えてきていると思う。

そんな今、昭和の戦後を生きてきた親たち世代の価値観は、すでに時代遅れなのだ。


自分の「好き」を仕事にし、自分に合ったスタイルで収入を得る。
それが許される今なのだから、今の時代に合った生き方をすればいいのではないか?と、思えるようになった。

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