本当に、その人と仲良くなりたいですか?その人は、気を使うだけの価値がある相手でしょうか?

今日会社で、ここ最近の意識の変化がようやく定着したのを感じたことがありました。

私は今まで、「人からどう見られているか?どう思われるか?」を気にして生きてきました。

でも今日は、「私はこう思う!」と発言し、そんな自分にちょっと驚いたと言うか。


「人からどう思われるか?」を気にしている時には、「人」⇒「自分」といった視線の方向ですよね。

その「視線の方向」を、いつもと逆にしてみてほしいのです。

つまり、「自分」⇒「人」です。


私も「人に嫌われたくない人」でしたから、言いたくもないお世辞を言ったりして、周囲の人たちに媚びていました。

けど以前、「私はあの人と話したいの?仲良くなりたいの?」と自問したことがあります。

すると答えは「No」でした。



ご機嫌取りしたり媚びたりして、仲良くしてほしい、嫌われたくない、と思うような人って、そもそも、その人のことは好きじゃないんですよ。

仲良くなれる人は、最初からなんとなく気が合うっていうか、嫌じゃない。

やはり「相性」ってあるんですね。

なので、過度な努力をしないと仲良くなれない人は、相性が悪いんだと思ってもいいのかも。


それに、私の中には、「正しいのはいつも他人で、間違えているのはいつも自分」というような意識があります。

だから、何かあるとすぐに自分を責めてしまう傾向。

でもでも、それもよく考えてみると、「相手の存在感」や「相手の言葉の勢い」などに負けてしまい、弱気=私が悪い、になっているかもしれません。


HSPの人って、物事を客観的に見るって、ちょっと苦手でしょうか?

ですので私は、自分目線、自分主観をできるだけ使うようにしています。

相手を優先してしまうのですから、「こういう考えって、かなりワガママかも。自分勝手かも」と思うくらいでちょうどいいと思うのです。


ちょっと普通じゃない、ちょっと変わってるからと、人の輪の中に入りにくいHSPの人っているでしょ。

私はずっと、人に理解されずに生きてきて、いつも孤独で寂しかったし、悲しかったです。

だから仲良くしてもらいたくて、相手のご機嫌取りしたり媚びたりしていました。


でもね、「そこまでして仲良くなりたい相手か?」と、少しだけ自問してみる。

そこにある「自分の本心」が大事なのです。

悪い言い方をすると、「その人は気を使う価値がある相手か?」って感じ?


職場や学校、様々なグループ、コミュニティの中で、「みんなと仲良くなりたい」のは分かります。

しかし、「人からどう思われるか?」を気にしてしまうと、どうしても疲れてしまう。

ですから、「全員と仲良くなれなくてもいい」「全員に好かれなくてもいい」と開き直ることも必要だと思います。

「仲良くなりたいな」と思うような人とは、すでに自然に仲良くなっているはずですし。



「選ぶのは自分」です。

他人に軸を置きやすいHSPの人は、自分が選ぶのではなく、相手から選ばれる方に意識が向く気がします。

でも、そこ、違いますよね。

あくまでも自分軸。

「私はどう思うか?」でOKなのです。