HSPな自分を許してやれるか?HSPな自分でどう生きるか?

HSP(ハイリーセンシティブパーソン)は、「とても繊細な人」だ。
5人に1人は存在しているらしい。
私もその1人。

自分がこのHSPであると知ったことで、ずいぶんと楽になった。
子供のころから辛い思いをしていたことの理由が分かったからだ。

一般的な人には何ら気にならないことが気になる。
外的な刺激にも弱くて、ちょっとした匂いで頭痛になったり。

あげるとキリがないので書かないけれど、一般的ではない私は親からも理解されない「扱いにくい子供」として疎外されてきた。
もちろん、社会に出てからも周囲から浮き、自分らしさを表現するとドン引きされることは避けられなかった。

一般的な人とHSPの人が見ているものは、違う。
見ているものが違うせいで、一般的な人には気づかないもの気づいてしまう。
気づいてしまえば、気になってしまう。
その繰り返しの生活なのだ。

HSPの私にとって、「人にどう思われるか?」は、命と同じくらい重要だ。
いや、命より重要かもしれない。

そして、HSPであることは何かと不利で損なことだと自覚しているせいか、無意識で「普通の人」を装うらしい。
無意識で、HSPな自分を隠そうとしているらしい。


それに気づいた、つい先日。

結局私も、人に嫌われるのが怖い、人に受け入れてもらいたくて媚びる、弱い人間だったのだ。

先月中旬から働いている今の職場で、私は、周囲の人たちから受けるデリカシーを欠いた言葉で傷ついていた。
でも、そのストレスと必死に戦おうとしていた自分がいて、結果的にさらに傷ついていたのだった。

そこで気づいたのだ。
私は「人にどう思われるか?」を気にして、「HSPである私」という「個性」をないがしろにしていたって。

少し前、このサイトから「不適切だと思った投稿」を削除したのも、同じ理由だったと気づいた。
あの時の私は、「こんなことを書いているカウンセラーに自分の悩みを相談したいと思うか?」とする「他人のモノサシ」を使い、自分を裁いた。
つまり、「自分がどうありたいか?」=「人に受け入れてもらえる自分」で物事を考えていたのだ。


(HSPの)私は、他人に受け入れてもらえることが極端に少なかった。
いつも疎外感を感じていて、どこに居ても居場所がないと思っていた。

今の職場でもそうだ。
他はすべて正職員なのに、私だけ非常勤職員。
誰からも気にしてもらえず、透明人間扱い。

今までの派遣社員の方がずいぶんマシだったと感じたくらいよ。


うまく言えないのだけれど、結局今回のことで私が再確認したことは、人なんてみんな自分の価値観(ものさし)で生きているのだから、どう振る舞ったって、嫌われる時には嫌われるんだってこと。

こんな私が好きって言ってくれる人、こんな私でも気にならないって思ってくれる人がいれば、こんな私を嫌って意地悪したり疎外したり無視したりする人もいるってことだ。

HSPであることを伝えれば、面接では落ちるだろう。
履歴書には不利なことは書かず、一般的な内容で出すのが利口だと思っていた。

しかし、そうやって採用された職場で今の私は、周囲からのパワハラ・モラハラで苦しんでいるじゃないか。


HSPの人は組織に属するのが不向き、なのではなく、HSPであることを理解してくれる人たちと働ける安心安全な職場であれば、組織の中でも十分やっていけるのだと思う。

私だって、フリーランスの心理カウンセラーだけで食べていけるなら、こんな苦しみはしなくて済む。
しかし、確実に収入を手に入れるには、お勤めに出ることが一番なのだ。


HSPは5人に1人。
ということは、HSP以外は4人で、その4人がHSPに不理解であれば、HSPには居場所がない。

生まれつき体のどこかが欠けている人も、それが個性だというなら、HSPだって立派な個性だろう。
足が無いとか目が見えないとかを理解してくれるなら、HSPも理解してほしいのだ。

世の中には、「普通・一般的」とは少し違う人がいる。
ただそれだけのことなのに、なぜ嫌う?なぜ疎外する?なぜ無視をする?

どう関わったらいいのか分からないのなら、私に直接聞いてほしい。
今はネットでいくらでも調べられるだろうし。


私は子供のころから、人に理解されない苦しみを抱えて生きてきた。
だから、私は人を理解しようと努力をしている。

どんな人にも、その人なりの事情があり、決して他人がジャッジできるものではないのだ。

私は「人の心の痛みが分かる人間になりたい」と考え始めてから、今はそういう人間になれたと思っている。
職業としての心理カウンセラーには、それはなくてもいいものかもしれないが。

ただ、自分がその目に遭ってみないと、人の苦しみが分からないのも事実で。
自分がHSPで良かったと思えるのは、唯一、心理カウンセラーとしての自分に力をくれるということだけよ。

それ以外のことには、HSPはデメリットでしかないと思っている。
しかし、HSPな自分を許して受け入れない限り、「自分らしさ」と共生することもできない。

人と違う、変わっている、は、「特別な存在」であり、それは価値がないのではないということを、私自身が感じることができるかどうか?

一生をかけて模索せざるを得ないテーマなのだと思うと、少々気分が重い。


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